シンゴの旅ゆけば〜!(2)ワンディとの出会い

そもそも何で整体師になったのか?

それはワンディに会ったからです。

ワンディっていうのは、タイマッサージの先生で、小さいおばちゃんなんだけど、力だけは異様に強い人で、この人が本当にいい人だったんですよね。

まだバックパッカーはじめて間もないころだったから、例のエアコンキンキンのバスで、凍えながらチェンマイに着きました。

泊まったホテルには長期滞在している外国人がたくさんいて、朝からビール飲んだりしているんですけど、だいたいみんな暇なわけです。することなんてないから、アホな高校生みたいな状態になっている。人生って退屈だよなぁとか言いながら、誰かが置いていったマンガ本を読むとかね。

バックパッカー用語で「沈没する」っていうんですけど、そうやって何もすることもなく、ただ寝て、起きて、屋台でごはん食べて、ビール飲んでみたいなことをしているうちに、気がつくとダメダメな奴になって、その土地から抜けられないってのが「沈没する」ことなんですね。

俺たちの時代は、一番ヤバいのは中国の雲南省(ずっと麻雀し続けることになります)次が、インドのプリーって町だって言われていました。

これはヤバい、ちょっと俺って沈没しそうになってるかも…。そう思っているあたりで、アメリカ人の飲み仲間から、シンゴ、おまえ暇ならタイマッサージ習ってみないと誘われたんです。

ワンディっていう先生がいて、すごくいい人で腕も確か。だけど、大きなマッサージ学校の校長とケンカして辞めてしまった。自宅でマッサージ学校を開いたけれど、生徒が誰も来ない。だからまぁ、シンゴが暇ならちょっと行ってきてみてよ。

まぁ、行ってみるか。そう思ってトゥクトゥク(タイの3輪車)のタクシーに乗って、チェンマイの空港のそばにあったワンディの家に行きました。

ワンディのところに続く道は、ビーサン履いてたからよかったようなものの、池かってくらい大きな水たまりを渡らないと行けない。ちょうどチェンマイが洪水に襲われてすぐだったこともあって、この時のチェンマイは、どこもかしこもビチャビチャだったんです。

さらにワンディ手作りの学校の看板が、綴りを間違ってる。『タイ・古式マッサージ学校』って書いているつもりなんでしょうけど、『タイ・古式マッサゲ学校』みたいになってる。おいおい、マッサゲってなんだよって思いながら階段を上がって行くと、ワンディが誰かに整体しているわけです。

扇風機が回っているけれど、暑い、暑い。お、生徒か、生徒希望者か、日本人か、金持ってきたか、とりあえずタイマッサージ受けてみるかって感じで、ワンディが恐ろしく聞き取りにくい英語で言ってくる。

このワンディの英語が、たぶん俺と同じくらいのひどさだから、時々何を言っているか分からない。何かといやぁ、ライガー、ライガーって教えながら言うから、ライガー?獣神サンダーライガーってのがいたな、そういやとか思いながら、よくよく聞いてみたらライクザッツ(like that)だったとかね。

確かにワンディがしてくれたタイマッサージは、誰よりもうまかったし、くしゃくしゃに顔をしかめて笑うワンディは絶対にいい人だよなぁとも思ったんですけどね、そもそも整体師になりたいとか考えていないでしょ、いくら暇だからって、タイマッサージ習ってもなぁとか考えていたら、ワンディが、おい日本人、やってみなと言うわけです。

とりあえず見よう見まねでワンディの足を押していたら、そりゃまぁ、人生はじめてのこともあって、ギクシャクした動きでしょ。俺の手の甲が、ワンディのお股あたりにコツンと当たっちゃった。

そしたらワンディは怒りもせず(あ、ごめんって俺はすぐ謝ったんですけど)あたしたちって、さっき会ったばかりでしょ、まだ早いわと笑いながら言ったんです。

あんた、おもしれぇこと言うなって言うと、そうかいと言ってワンディが笑う。俺も笑う。二人でゲラゲラ笑って、ワンディの作ってくれた焼きそば食べて、じゃあ明日から来るねって帰ったのが、ワンディとの出会いで、それがまぁ、ほとんど30年くらいたって、整体師してるきっかけになってるんだから、人生って本当にわからないもんです。