『シンゴの旅ゆけば〜!(1)はじめまして』

はじめまして。

慎吾と言います。吾を慎むって名前ではあるけど、まぁ俺のことを知っている人は、名前負けしていると言うと思いますけどね。

何と言いますか、おしゃべりなのです。いやはや。

うちのサロンで整体を担当させてもらっています。

何流とか、そういうのじゃなくて、若い時から旅して回った国で、なぜか整体であるとか、ボディーワーク的なこと(それ以外のうさんくさいと言われそうなこともですけど)を教わることになるのですね。だからまぁ、自己流というやつだと思います。

俺はバックパッカーだったのですけど(こないだ数えてみたら、70カ国くらいを旅していました)90年代のバックパッカーというのは、みんなバンコクを目指したのです。

それはまぁ、時代によって違っていて、80年代は上海を目指して、神戸から鑑真号という船に乗るのが流行っていたし、その前はシベリア鉄道でヨーロッパへ行くってのが流行っていたみたいです。その前は、アフガニスタンのカンダハルが、バックパッカーというかヒッピーの聖地みたいに言われていたそうです。マジかよって思うでしょ。だってアフガニスタンでっせ。

なんでバンコクかというと、飛行機のチケットが安いからです。だから、なんとかしてバンコクまでたどり着いて、そこで安いチケットを買って、行きたい国に行くっていうのが、だいたいの旅の流れだったんですね。

バンコクには、バックパッカーが集まるカオサンっていう町があって、そこには全世界の、まぁ世の中からドロップアウトしたようなのが、うようよ集まって来ていました。

一泊300円くらいのホテルに泊まって(エアコンが付くと、400円くらいになったかな)30円くらいのラーメンを食べて、隣のラオスとか、カンボジアとかに旅して回るっていうのが、定番コースで、インドに行くのには陸路は無理なので、飛行機のチケットをなんとか安く買うのに、あちこちの怪しい旅行代理店を何軒もまわるとか、そういうことをしていたわけです。

そうそう、今はどうだか知らないですけど、ラオス国境には大きな看板があって「あなたたちの国の文化なのは理解できますが、人前で男女が手をつなぐ、人前でキスをする、人前で抱き合うなんてことをすると、ラオス国民はビックリしてしまいます。ラオスの文化も尊重してくださいね」なんてことが、イラスト付きで書かれていました。そういう時代だったんですね。

「旅慣れている」って言いますよね。あれがどういうことかと言うと、こういうことなんです。

タイって暑い国ですよね。だからタンクトップに半ズボンで、長距離バスに乗りたくなります。バンコクからチェンマイ行きとかね。だけど、タイってエアコンで冷やしまくるのが最高のサービスですから、バスの中は凍えるくらい寒い。ガタガタふるえながら、ドライバーにエアコンの温度をあげてよと言いにいくと、アメリカ軍払い下げのジャンパーを着たドライバーのおっさんにこう言われます。ああ、でもな、エアコンって、オンとオフしか付いてないんだ。

だから、バスに乗る時は、長袖に長ズボン。こうやって旅慣れていくわけですね。カオサンで一番うまいって言われていたタイマッサージを受けに行く時も、長袖を着て行きました。だってマッサージ屋も凍えるくらい寒いですから。

食事は屋台ですけど、タイ語ができなくても大丈夫なんです。指差し屋台って呼んでいましたけど、おかずが何種類かドーンと並んでいて、指差すだけで注文できるんです。気をつけていたのは、ソムタム・プーくらいかな。青いパパイヤのサラダをソムタムって言うんですけど(めちゃくちゃ美味しいです)日本でいうところのダシになるのかな、小さいカニをバンバンってスリコギみたいなので潰すところから、天秤棒かついだおばちゃんが料理してくれるんです。

カニのことをプーと言うんですけど、これね、季節によっちゃ当たるんです。1日中トイレから出れないってことになる。だから、プーはなし、プーはなしって、ちょっと生ものはヤバいって時期は、気をつけていました。

あ、なんだか長くなってきちゃったから、話は続きます。そもそも何で整体師になったのかって話を書きますね。舞台はチェンマイです。あれはまぁ、ものすげぇ洪水の後でした。