『ドライブ・マイ・カー』

海外でも評価されている『ドライブ・マイ・カー』という映画がありますけど、その映画を監督した濱口竜介さんの『偶然と想像』という映画を見ました。

余談にはなりますけど、『偶然と想像』のように、オムニバス形式の群像劇というのが好きなのですね。クシシュトフ・キエシロフスキの『デカローグ』であるとか、ロバート・アルトマンの作品であるとかですね。

『偶然と想像』の中で、40代を迎えたくらいの女性が、知り合った女性に告白をするシーンがあるのです。

レズビアンの女性が、高校時代につきあっていた女性に会いたくて、行きたくもない同窓会に行く。結局彼女とは会えなくて、がっかりするのですけどね。

ところが、仙台駅のエスカレーターで、その元カノとすれ違います。ああ彼女だと気づいて、エスカレーターを戻っていて声をかけます。

それで、今は結婚して子供を育てている元カノの家に行くのですけど…実は、その女性は元カノではありません。

そして、元カノだと勘違いされた女性の方も、レズビアンの女性を高校時代に憧れていた人だと勘違いしているのです。つまり二人は全く赤の他人だったということが少しずつ分かってくるのです。お互いに勘違いしていたわけです。

それでも、いろいろと話しているうちに意気投合して、元カノと思われていた女性が告白をはじめるのですけど、こういう感じです。

幸せかと言われたら、わからない。何不自由のない暮らしをしていると言ったらそうだから、幸福ではないと言ったら怒られてしまう気がする。だけど…すんなりと幸福だとは言えない。

もう私には「心を湧き立たせるような何か」がない。ただ時間だけがゆっくりと過ぎていく。歳を取っていく。少しずつ、少しずつ、時間に殺されるような気がする。

そういうことを彼女は言うのですけど…「心を湧き立たせるような何か」がない。あるいは「やりたいと思うことが何もない」と訴えられるクライアントが多いのです。

先生は、精神科医として人を助けることに生きがいを感じていらっしゃいますか?

カウンセリングの最初に、そう質問される方もいらっしゃいます。

わかりました。今からあなたの「心を湧き立たせる何か」を見つけてさしあげます。そう言えたらいいのですけど、もちろんそんなことはできません。

「すべての悩みは対人関係の悩みである」というのはアドラーの言葉ですけど、もし私が付け加えるとしたら、「それはそうだけれども、喜びの多くも対人関係の中にある」と言いますね。

『ドライブ・マイ・カー』にはそれこそ「心を湧き立たせる何か」なんて何もない女性ドライバーが出てきます。彼女には彼女なりの事情があって、そうなっているのですけどね。

その彼女が、主人公を送り迎えすることで、二人の間に生まれるささやかな人間関係の中で変わっていく。静かに、だけど確実に、彼女は自分を変えていく。

密室になる車の中は、彼女にとって、ある種のカウンセリングの場になっていたのかもしれない。さほど多くの言葉を交わす訳ではないのですけど、主人公もまた彼女との関係の中で癒されていくのです。

「心を湧き立たせる何か」とは、誰かとの関係の中で見出していくものなのかもしれない。私はそう思うのです。

            撮影カメラマン 松原充久