『普通の人を生きる①』

やっと台風10号の雨が降り止んで、気持ちよく洗濯ができたのですけど、また雨が降っているのですよね。

梅雨であるとか、高温多湿な夏というのは、日本に来て初めて経験することの一つだったのですけど…正直な話、苦手なのですよね。どうも呼吸がしにくいし、体調が悪いというところまではいかなくても、何だかなぁという重苦しさのようなものがあるのです。

まぁ、今年の夏の暑さは、誰でもそうだと思いますけどね。松任谷由実さんの『 hello, my friend』に「台風がゆく頃は涼しくなる」という歌詞があって、ちょっと期待しているのですけど、どうなのでしょうね。

ただ、今年初めてのツクツクボウシが鳴いているのを聞いたので、セミとしてはもうそろそろ夏も終わりということになっているのだと思うのです。台風でサロンも1日お休みになりましたし、ちょっと早めに帰宅しようかという日もあったりして、そうなると必然的に本を読むということになるわけです。まぁ、読書はいつものことですけどね。

知人からカボスをいただいたので、ポン酢を仕込むとか、きっちり霜降りにした魚を煮るとか、そういう家事もしていたのですけど、気圧の低下の影響なのか食欲もあんまりない。

ベッドで読書するのが一番と、まだ読んでなかった本の中からいくつかピックアップしたのですけど、精神科医であり詩人でもある兼本浩祐の『普通という異常』が面白すぎて、寝不足になってしまいました。

「「普通の」人たちというのは、「相手が自分のことをどう考えているか」が、「自分がどうしたいのか」よりも優先される人だと、とりあえずここでは言っておきたいと思います。」ほら、この一文だけ読んでも面白いでしょ。

ADHDやASDの傾向を持っている方を「非定型発達」と呼ぶ。そして、いわゆるマジョリティにあたる普通の人というのは「定型発達」と呼ばれる。だけど、その「定型発達」の人たちだって「非定型発達」に負けず劣らず病い的ではないか?

目のつけどころからして面白い『普通という異常』なのですけど、「私」とは何かという哲学的な問いに話は進んでいくのです。