夢の中みたいだ。
ハトシェプスト女王葬祭殿のテロ現場に立つと、それが現実の光景だとは思えなかった。
強い風に揺れている、テロを抗議する垂れ幕。
銃弾で抉り取られた遺跡の壁。
あまりにも強い日差し。奥に見えている葬祭殿が、ゆらゆらと揺れているように見える。
だけど、その場所から現実感を奪い取っているのは、遺跡全体がピンクに染まっていたことだ。それは趣味の悪い現代アートのようだった。エジプトの遺跡にピンクの染料をぶちまけました…そんな感じだ。
ルクソールの遺跡は、軽石のような素材でできている。だから脆い。流された観光客たちの血は軽石に吸い込まれて、わずか数日でピンク色に変色した。どんなに洗っても、モップで擦ってもピンク色が取れない。それは染み込んでしまっているから、すでに軽石の内側へと広がっていってしまっている。もっと時間が経てば、人の目に触れないところまで、血は落ちていくだろう。そうすれば、元のように漂白されたような白い遺跡に戻るだろう。遺跡を説明…と言うよりもテロで何が起こったかを説明してくれたガイドは言った。
あまりにもおぞましい経験をしたことを、誰かに話すことで身体の中から追い出そうとしているように思えた。そこで聞いたことは、ここには書けない。
神社に行くと、お祓いというやつをしてくれる。新しい建物を建てる時には地鎮祭をする。
そんなものは気休めというか、習慣みたいなものだと思っていた。でも違うのだ。
ハトシェプスト女王葬祭殿もそうだし、カンボジアのキリングフィールドもそうだった。そこで大勢の方が亡くなったというのに、その想いのようなものは、強い日差しに照らされて祓われていたように思う。太陽が何というか、人の無念さや未練のようなものまで漂白してしまうように思う。反対に強烈な何かが残っているのはアウシュビッツで、特にガス室の中なんて世界一ヤバい場所だと思う。
現実感がまったく感じられない場所で、しばらく立ち尽くしていた。自分が存在していることさえ信じられなくなるくらいの非現実な場所で…それはまるで悪夢だった。