お客人が風邪をひいたようだ。あれをやってあげなさい!
ボスがそう言って子分を呼ぶと、今までほとんど話さなかったデコボココンビの大きい方が、俺を風呂場に連れていった。何が始まるのだ?「あれ」って何だ?そんなことをぼんやりと考えていたのだけど、かなり熱は高くなっていたのだろう。考えるのが面倒くさくなってきていた。
それから起こったことは、順を追って書くとこういうことだ。
①とてつもなく熱い風呂に入って、さらに風呂の床に高温のシャワーをかけ続ける。要はサウナのような状態だ。ドアの前にはデカいのがいて出してくれない。いや、こっちは高熱があるんだから、死ぬっていうの…。
②ようやく許されて風呂から出てくると、謎のオイル(なんだかヒリヒリするのよ。)を全身に塗られて、持っている服を全部着ろと言われる。さらに毛布をかけられて寝かされる。死ぬほど暑い。
③うとうと眠り込んでしまって、しばらくするとまたデコボココンビがやってきて、①と②を繰り返す。
結局3回同じルーチンが繰り返された。よし、これで朝までぐっすり寝ろと言われ、もう気絶するようにベッドに倒れ込んだのだけど…驚いたことに翌朝起きると、熱もそれ以外の風邪の症状もすべて消えていた。
朝食の席でボスが嬉しそうに笑った。エジプトの伝統的な医療だ。効果があったようだな。
念のためにその日は1日ゆっくりさせてもらって、翌日自転車を借りて遺跡を見に行くことにした。テロのあったハトシェプスト女王葬祭殿はすでにオープンしていて、見学が再開されているそうだった。
ルクソールの遺跡はおかしなシステムになっていて、入り口のチケット売場でマップを見ながら見学したい遺跡の数だけチケットを購入する。チケットの四隅には切り取れるようにミシン目が入っていて、1枚チケットを買うと4カ所見ることができるのだけど…もし途中でさらに見たい遺跡が出てきたら、入り口まで戻ってチケットを買い足さなければいけないのだ。遺跡のある範囲はかなり広大だから、最初によく考えなければいけない。
でもね…どこの遺跡に行っても、チケットを破る係員はいなかった。いいんだよ。エジプトまで旅行に来てくれたのにテロで亡くなってしまうなんて、あってはいけないことなんだ。あなたと同じ日本人も亡くなった。ヨーロッパ人も亡くなった。だから、好きなだけ見ていったらいい。それくらいしか私たちにはできないから。そう言ってくれたのだ。
小さな墓のような遺跡に入ると、足に包帯を巻いた係員のおじいさんが話しかけてきた。