『シンゴの旅ゆけば~!(78)マフィアの屋敷にホームステイ⑧』

また来いよ。俺はおまえが気に入ったのだと思う。ボスはそう言った。デコボココンビは駅まで送ってくれた。

昨夜は一悶着あったのだ。一緒に泊まっていた日本人の1人が、タクシーの運転手がここで降りる時に、この奥はマフィアの家だぞって言ったんだけど、そんなことはないですよねと話したのだ。

夕食の席は凍りついた。やれやれ。分かっていても、口に出してはいけないことはある。それは何ていうか礼儀の問題だぞと思ったけれど、もう遅い。口から出た言葉は戻ってくれない。

誰が言ったんだ。ボスはそう言った。どんなタクシーのどんな運転手だった?

失礼なことを言うなよ。俺は日本語でそう言った。ボスは英語で話せと静かに言った。

彼は成功したビジネスマンだよ。その彼の家にご厄介になっていて、その言い方はないだろう。そんなウソを信じちゃダメだよ。どこの国にだって、人の成功を妬むような奴はいる。

口から出まかせだし、彼がマフィアのボスなのは分かっているのだけど、だからと言って真実を言っていい訳ではない。彼は少なくとも、エジプト人として何かをしようとしているのだ。それがテロで200人を超える死者を出したことへの償いなのだ。人を殺した連中と自分が無関係だとボスは思っていない。

日本人は謝った。ボスの表情も雰囲気も和やかな態度に戻った。ああ、よかった。

それから何度かボスの屋敷を夢に見た。テロの現場の非現実的な光景も夢に見ることがある。

今になって思うと、ルクソール駅に着いてから起こったことは、何だか現実のように思えない。『不思議の国のアリス』のようだと思うこともある。デコボココンビに連れて行かれたのは、この世界とは違う世界のように思える。

やけに光るボスの靴。

訳のわからない風邪の治療。

ピンク色が氾濫したテロ現場。

だけど、それは現実に起こったことで、現実に血が流されたのだ。同じようなことを世界のあちこちでまだやっている。人間という種は、本当にバカだ。