この国は、観光が主要産業だ。金ピカのロレックスを着けたアンディ・ガルシアのような男は言った。俺たちは屋敷の広間に案内されていて、デコボココンビがコーヒーを運んできた。観光客が来なくなったら…この国は干上がる。男はそう言って、足を組みかえた。磨きあげた靴が光る。
テロリストの狙いはそこだ。だがな、この国でテロリスト以外の人間はそんなことを思っちゃいない。エジプト人は特に日本人が好きなのだ。サムライ、ニンジャ、ダイミョウ…あなたたちの国の文化は素晴らしい。
そこでだ。私は考えた。私はエジプトという国にも、このルクソールにも恩がある。何かをしたい。それで君たちに来てもらったのだ。エジプト人はいい人たちだし、もう2度とテロなんて起こらないから、エジプトに観光に行っても大丈夫だと国に戻ったら話してほしいのだ。
マジかよ、それが目的で俺たちを屋敷に招待したと言うのか…?そう思ったけど、ボスの顔は真剣だったから、きっとそうなのだろう。何のボスかは、もう察しがついたけどね。ヨーロッパに入ってくる麻薬の多くはエジプトからシチリア経由だと聞いたことがあるから。
今夜は妻がイタリア料理をつくる。おい、おまえ、こっちに来て挨拶しなさい。
そう呼ばれて階段を降りてきた奥さんは、ソフィア・ローレンかってくらい濃い顔の美人だった。エジプト人ではないのかもしれない。
ちょっと観光してくるけど、あんたはどうする?日本人の2人からそう言われたのだけど、このあたりから悪寒がしていたのよね。いや、ちょっと疲れたから休むよ。そう言ってベッドに横にならせてもらったのだけど(バス・トイレの付いたゲストルームに案内された)ペンネ・アラビアータやらチキンの香草焼きやら、本格的なイタリア料理の出てくる夕食の後でとうとう熱が出てきた。体温計は持っていなかったけど、かなりの熱だった。
頭がぐわんぐわんする。
アラブの国でアラビアータ…そんなことを考えながらガタガタ震えていたのだけど、そこにボスが入ってきた。