インドを旅していて困ることと言ったら、それはまぁ人によっちゃ治安が悪いとか(俺は盗られるようなものを、そもそも持っていない)病気が怖いとか(なった時は仕方ねぇだろと思っているから怖くない。赤痢になったしね)いろいろあるんだろうけど、俺は朝から晩までカレーというのに困ったのよね。
バラナシでうんざりして、屋台でコロッケを買ったのだけど、食べてみたらカレーコロッケだった。どこまでカレーが好きなんだよ。地域によって味が違うとか、具が違うとか、いっしょに出てくるのがナンだとか、チャパティだとか、ライスだとか、細かな違いはあるのだけどさ、そうは言ってもやっぱりカレーなのよ。だからまぁ、いい加減違うものが食べたいなぁと思っていた。
ダラムサーラーに着いて感動したのは、ここではチベット料理が食べられることなのね。
トゥクパっていうラーメンみたいなのと、モモっていう餃子が定番で、トゥクパとモモにライスが付いたセットばっかり食べていたのだけど、言ってみたらラーメン定食みたいなものだ。これは本当に助かった。ああ、カレーから解放されたとチベット人に感謝した。
それでまぁ、そろそろダラムサーラーから出ようかなというあたりになって、例のホテルの兄弟と話していたら、なぁ、日本の料理ってどんなのだって訊かれた。魚を生で食べるってのは聞いたことあるけどな。ホテルには朝食なんて付いてなかったけど、ホテルの1階の奥に兄弟は暮らしている訳だから、もちろんキッチンはある。じゃ、なんか日本料理っぽいのを作るよということになって、買い出しに出かけた。
常々世界一偉い野菜というのは、玉ねぎではないかと思っているのだけど(どこの国に行っても、玉ねぎのない国はないし、だいたい何かしらに入っているからね)けっこうデカい玉ねぎや、じゃがいも、その他いろいろの野菜がマーケットには売られていて、肉だってある。牛はインドじゃ食べないから(インドのマクドナルドには、普通のハンバーガーはないのよ)ないけど、それ以外の肉は手に入る。イスラム教の地域じゃ豚もないけどね。
きっとヤクだか水牛だかの肉だと思うのだけど、肉を買って、よし肉じゃがが作れると思った。醤油だってチベット人の店には売っていたし。
ちなみに、日本に戻ってきてから、どこのインド料理屋でもカフェでも、インドで飲んだチャイと味が違うのね。いい線いっているのだけど、何かが違う。これは何でだろう。手に入らないスパイスとかあるのかなと思っていたら、実はミルクが違うのだそうだ。
牛と水牛ってのは、実は全く違う動物らしくて、牛は食べちゃダメだけど、水牛はいいらしい。それでインドで売っているミルクは、水牛の乳なのね。だからチャイの味がなんか違うってことになるらしい。
おいおい、切れねぇぜって包丁を茶碗みたいな食器の裏で研いでいると、兄弟が訊いてきた。何をやっているんだよ?
いや、包丁切れないから研いでいると言ったら、なんだか感心された。それで、じゃがいもと玉ねぎを炒めているあたりまでは良かったのよ。兄弟は俺の手元をずっと見ていて、ふむふむと地元の言葉で話し合っている。肉を炒めて、砂糖を入れたら、二人がいきなり「NOooooooooo!」と言った。あ、俺はこの兄弟とすんなりと意思の疎通ができているように書いているけど、向こうの英語もひどいし、こっちの英語もひどい。だからまぁ、何を言っているのかお互い理解するのにいつも時間がかかっていたのね。だけどまぁ、この「NOooooooooo!」はすぐに分かった。
兄貴の方が言う。「Before this is food but now this is not food」ああ、そういうことね。どうもインドじゃお菓子以外に食べ物に砂糖を入れるなんてことは、あってはならないことらしいのよ。
まぁまぁ、そう言わないで食べてみてよ。鍋いっぱい肉じゃがを作ったから、とても一人じゃ食べられないしね。それでまぁ、炊いたご飯と、即席の漬物でディナーってことになったのだけど、意外に肉じゃがは美味しいらしかった。いや、これはありだと思う。そんな感じのことを言ってもらえたから。
「You are good Japanese I want to meet you again someday」ホテルを出る時、兄弟はそう言ってくれた。
いい奴は世界中にいる。悪い奴も、そりゃ少しはいるけどね。