『シンゴの旅ゆけば~!(83)バラナシの葬送⑤』

ホテルにはセブリンというスイス人の女の子がいて、話を聞いたら壮絶な過去をあっけらかんと話すのよ。私ね、麻薬の売人だったのよ。高校で売り捌いて、めちゃくちゃお金があった。いつもレザーのトレンチコートを着ていたわ。

スイスといったら日本人は『アルプスの少女ハイジ』のイメージだと思う。ああいう牧歌的なスイスもどこかにあるのだろうけど、けっこうヤバい国なのよね。ベルンっていう町に泊まっていた時に、気持ちのいい公園からレマン湖を見ながらぼーっとしていたら、一目でジャンキーと分かる野郎が隣のベンチに座った。何だか大事そうに注射器を取り出して上腕をゴムで縛り始めたから、おいおい、家に帰ってやれよと思ったのだけど…放心状態のそいつが話しかけてきた。

この国じゃな、ひひひ。注射器をくれるんだ、ひひひ。この公園の出口に市がやっている施設があってだな、ひひひ。HIVにならないように注射器をくれるのよ、ひひひ。ああ、そういうことか。そこで捕まえりゃいいじゃんと思うのだけど、捕まえないという前提だからジャンキーは注射器をもらいに行くらしい。そりゃそうだ。

今じゃすっかり足を洗ってクリーンそのものよと言うセブリンが立ち直ったのは、キリスト教のおかげらしい。彼女はマザー・テレサの死を待つ人の家でボランティアをしていたそうだ。半年間ボランティアをすると、大学の単位をもらえるのよ。

まぁでも、コルカタで体調を壊してしまったそうで、彼女はずっと下痢を繰り返していた。インドに来る時にナチュラルなドレッド・ヘアにしようと決めたそうで(数ヶ月髪の毛を洗わないで、ぐるぐると渦巻きを描くように毎日髪を擦っていると、ドレッドになるらしい。)そばに来ると臭うのよ。めちゃくちゃキレイな女の子の頭が臭いというのも困ったものだけど、結局寝込むことになった彼女を看病することになってしまった。最終的に彼女は一時帰国して、健康を回復したらまたインドに戻って来ることになったのだけどね。何しろ大学の単位がかかっているから。

プジャという、日本で言ったら法事みたいなものだろうけど、ガンジス川にたくさんのロウソクの灯りが浮かぶ日がある。草で作った小さな船にロウソクを立てたものが売られていて、願いごとをして川に流すといいよと言われる。昼間はドロドロで、本当に聖なる川なのかよと思うくらい汚れている川も、夜は美しく見える。そこに無数の灯りが浮かんでいて、きれいなのよね。

セブリンと河岸に座って、船を流した。彼女が何を願ったのかは知らない。ただ、彼女はこう言った。私の短い人生の中で、あまりにもたくさんの人が死んでしまった。

俺は自殺した叔父の話をした。旅に出て誰かにその話をするのは初めてだった。