『天才の心理学①』

映画はアメリカの巨大産業になっていますけど、映画の都と言ったらハリウッド…つまり西海岸だと誰もが知っています。では、なぜ西海岸に映画の中心地が作られたかというと、エジソンから逃げるためだったのですね。トーマス・エジソン。発明王として日本でも有名ですよね。

ところが、発明王の他に、エジソンにはもう一つの異名があるのですね。訴訟王エジソンという名ですけど、とにかく裁判を起こしまくっている人なのですね。

白熱電球をめぐってジョゼフ・スワンであるとか、送電のシステムをめぐってジョージ・ウェスティングハウスとニコラ・テスラであるとか、電話をめぐってグラハム・ベルであるとか、エジソンと法廷で戦うことになった人は数多いのです。

映画の特許権…スクリーンに映画を映写する方式ですけど、これを取得したのはフランスのリュミエール兄弟です。エジソンは覗き箱方式の発明者なのですね。映画はリュミエール兄弟のスクリーン方式の方が主流になっていったのですけど、エジソンは撮影機とフィルムの特許を(かなり強引に)取得したそうです。

それで、映画館、フィルムレンタル事業者、映画製作者は、エジソンの会社に特許使用料を支払わなければならなくなったのですけど、映画制作者の一部がエジソンから訴訟を起こされることを回避するために、東海岸から西海岸に制作現場を動かした。それがハリウッドの始まりとされています。雨が少ない西海岸では、映画の撮影もスムーズに行えますから、結果的に映画の都として定着していったのです。

エジソンという人は、間違いなく発明に関しては天才なのでしょうけど、なかなかの奇人だったようで…あまりにも仕事に打ち込みすぎて(過集中というやつですね)奥さんに、君は誰だと言ったとか、子供時代に「燃える」という現象について調べたくて自宅の納屋を燃やしたとか、友達にヘリウムガスを発生させる薬(自作したそうですよ)を飲ませて腹痛にさせるとか(エジソンの目論見では、これで友達は空中に浮く予定だったそうですけど)数々のエピソードが残っています。

一つ一つのエピソードをみていくと、おそらく彼は非定型発達…今でいうところのADHDやASDだったのではないかと思うのです。