劇団チョコレートケーキの『つきかげ』を見てきたのですけど…そもそも歌人斎藤茂吉の最晩年の話といっても、彼がいったい誰なのか、ほとんど知らない状態で席に座っていたのですね。
著名だった歌人が脳出血を起こして、半身麻痺が残っている。認知症の症状が少しずつ出始めている。息子2人は医師で、弟の方は精神科医らしい。歌人の父も精神科医で、病院を経営していた…。あ、なんだか聞いたことがある。自宅に戻ってからWikipediaで調べてみて、やっと斎藤茂吉が誰なのか思い出したというか、納得したのですけど…おそらく、そういう事情というのは、この舞台を見ることに必須ではないのです。いや、負け惜しみを言っている訳ではありませんよ。
私はごくごくシンプルに、この家族が好きだったのですね。それはまぁ色々と現実にはあったようですけど(妻輝子が巻き込まれたスキャンダルとか、茂吉の不倫であるとか)そもそも何もない家族というのはありませんからね。色々とあるのだけれど、それでも家族として、運命を共にしてきた人間同士のおかしみのようなものが、じんわりと沁みてくるような気持ちになりました。
それはまぁ、認知症の症状が進み、思うように書けない茂吉の姿というのは悲劇なのかもしれない。でも、それでもやはりこの舞台は喜劇だと思うのです。人間が生きることの悲劇性というのを前面に出すことなく、微かな喜劇として家族全部を肯定しているような優しさが『つきかげ』にはあるのです。小津安二郎の映画のようだと言ったら、紋切り型にすぎるのかもしれないですけれど、結婚相手を探している末娘が原節子のように見えてくるのですよね。
面白いのは、現実にそうだったようなのですけど、家族の中心が茂吉ではないということ。茂吉の死後80歳を過ぎて世界旅行に出かけたという妻輝子が、もう一つの中心として斎藤家にはいるのです。その2つの中心が、時に重なり、時に離れていくような動きが、舞台の上で揺らぐところが大好きだったのです。2つの中心が珍しく重なる…夫婦だけの深夜のシーンなんて、じんわりと涙が出そうになりましたから。