『やってくる①』

何かの本を読んでいて、引用されていた文章が気になってしまって…
引用文献を調べてオリジナルの本を読む。
そうすると、またその本に引用されていた文章が気になってしまって…
以下続くということがよくあるのですね。

慈悲の瞑想が脳の構造をどのように変えるのか?
そのことについて書かれた永沢哲の本を読んでいて、引用されていた郡司ぺギオ幸夫の『やってくる』という本に興味を持って探したのですけど…

医学書院から出ている「ケアをひらく」シリーズの一冊だったことを知って驚いたのです。福祉のジャンルといっても、かなり広い範囲を扱っているシリーズなのですけど、何冊か読んでいたのですね。熊谷晋一郎『リハビリの夜』や國分功一郎『中動態の世界』それから綾屋紗月・熊谷晋一郎『発達障害当事者研究』などです。他にも読んでみたいラインナップが多いのですけど、『やってくる』がまさか「ケアをひらく」シリーズだったとは。

そもそも福祉がらみの話というのは、本の後半に少しだけ書かれているくらいですしね。でも、そのエピソードというのが、この本全体で私の記憶に一番残っている話なのです。

著者は障害のある中高生と身体表現を(ダンス)をする定例会に参加します。そこには人見知りが強くコミニュケーションが苦手なTさんがいたそうです。Tさんはパトカーや水上バイク、支援学級の先生、デコトラなど、自分の好きなものの写真をラミネート加工して持っていて、周囲の人に「これなんだ?」と言って聞いて回るのですね。

大人が「パトカー」とか「ダンプカー」とかそのままを答えると、
無表情にプイと顔を背けてしまう。
ところが、何度か同じように「これなんだ?」と質問されていた著者は、
そのやりとりに飽きていて、差し出されたパトカーの写真に対して
何となしに「カブトムシ」と答えるのです。

するとTさんは満面の笑みを浮かべて、彼に抱きついてきたそうです。
それ以降は彼が会に来るのを玄関で待っていて、ずっと一緒にいるようになったそうです。

「カブトムシ」と発することによって、著者にもTさんにもわからなかった何かがやってきて、何かが理解された。『やってくる』という変わったタイトルの意味はそういうことなのです。