『まっくろくろすけの場所⑤』

2023年に奈良県立美術館で『仮面芸能の系譜』展が行われたそうです。残念ですけど、見ることはできなかったのですけど、館長である籔内佐斗司氏の文章はこう結ばれます。

「『仮面芸能の系譜』展準備を進めるうち、金春禅竹の『明宿集』に能楽発祥以前の申楽といえる翁舞について触れていることから、「宿神」を避けて通れなくなりました。そしてこの神が、常行堂の後戸の神「摩多羅神」と密接に関係し、秦河勝や聖徳太子信仰、そして天台宗を通じた星辰思想(北極星と北斗七星への信仰)から、日光東照宮へと拡がり、また追儺会の鬼神とも関連して、神仏分離以前の日本人の精神史に深く影響を与えていることを何とか展示に反映させたいものだと思案しています。」

天照大神であるとか、素戔嗚尊といった記紀に登場してくる神の系譜とは別に、日本ではメジャーの神さまよりももっと古い神への信仰があった。それは芸能や星辰思想や祭りの中に今でも残っていて、さまざまな名前、さまざまな形態で伝承されてきている。個々の事例については、調べてみると面白いと思うのですけど、どうもその宿神であり、ミシャグジ神であり、シャグジであり、翁であり、北極星でもある何かは、共通の構造を持っていて、その神さまが人間の世界に祭りなどを通じて現れてくれるのは、この世界を再活性化させるためのようなのです。

「どの(神の)呼び名も「シャ」「サ」「ス」などの「サ」行音と「カ」行音の「ク」または「ガ」行音の組み合わせでできているという点だ。「サ」音は岬、坂、境、崎などのように、地形やものごとの先端部や境界部をあらわす古い言葉に頻出する。この「サ」音が「カ」行音と結びつくと、ものごとを塞ぎ、遮る「ソコ」などのことばにあらわされるような「境界性」を表現することばとなる。」

『精霊の王』にはそう書かれているのですけど、つまり私たちの世界にエネルギーを与えてくれる何かが「やってくる」場所というのは、人間にはたどり着くことのできない場所なのだけど、その先端部や境界部に、ふっと触れてしまう奇跡のような瞬間が訪れることがある。その感覚というのを古代の人たちは、「サ」行音と「カ」行音の「ク」または「ガ」行音の組み合わせで表現しようとしたのでしょう。

何かが「やってくる」ことで再活性化する、あるいは生まれ変わる機能が、人の心の構造の中には設定されている。フロイトが発見したのも、同じ構造だったと思うのです。