『I LOVE 人類学③』

研究室にとじこもっていないで、現地に行って調査しないとダメだと思う。
ブロニスワフ・マリノフスキが始めたのは、フィールド・ワークと呼ばれている方法だったのですね。現地の言葉を覚えて、現地の人たちと一緒に暮らす。そういう方法です。

アームチェア・ディテクティブという言い方が、ミステリー小説のジャンルにはありますけど、要は安楽椅子に座って、情報を元に推理する探偵のことです。ワトソン君に調査させて推理するシャーロック・ホームズがその代表とされています。

人類学の分野でも「安楽椅子の人類学者」と呼ばれていた人たちが大勢いて、ある意味では揶揄されていたのですね。二次資料だけで研究していた訳ですから。それをひっくり返したのがマリノフスキなのです。

オーストラリアでの現地調査を行うのですけど、几帳面な方だったのでしょうね。調査とは別に膨大な量の日記を残していたそうです。それがまた正直なのですね。現地の人に対する悪口というか、死ぬほど殴ってやりたいとかまで書き残していたそうですから。それから、彼の正直さというのは自身の性にも向かっています。現地の女性に性欲を覚えたり、調査で現地にいるのですから、遠く離れたところにいる女性に対する恋慕(それも露骨に性的なものです)を綴っているそうです。

ところが、この日記を書くというのが、その後のフィールド・ワークの時の伝統のようになっていったそうですから、おかしなものですね。日記をなぜ書くかについて、彼は「仕事同様人生に対しても深みを加えるという目的のため」と書いています。

この考え方というのは、人類学の最重要人物の最後の1人ティム・インゴルドの考えに繋がっていくのですね。