『「喪の仕事」③』

人は死んでも、すぐには消えてなくなったりはしない。

ピアノの鍵盤を叩くでしょ。たとえば「ド」を叩く。聞こえてくるのは基音の「ド」だけじゃない。オクターブ上の「ド」も聞こえる。オクターブ上のドの完全5度上の「ソ」も聞こえる。2オクターブ上の「ド」も聞こえる。

基音を叩けば、好むと好まざるとに関わらず、倍音も同時に聞くことになる。

今度はね…「ド」の倍音の鍵盤をできる限りたくさん、同時に叩く。そうするとどうなるか?

基音の「ド」が聞こえてくる。私は答えた。

そうなのよね。

人は死ぬ。いつか必ず確実に…それはもうチャーリー・パーカーがヤードバードを食べるように確実に死ぬのよ。遅かれ早かれね。

だけどね。基音は消えても、倍音はまだ鳴り続けている。親しかった誰かが、消えてしまった基音のことを語り続けるからよ。

そしていつか倍音も全員消えていく。そうしてやっと、基音はこの世界を揺らすことがなくなる。

日本の神道だと、亡くなった人は50年かけて自分が死んだことを納得すると言われているそうよ。きっと倍音役だった家族や友人が遅れてやってきて、向こうで再会するからね。