『意志はどこにあるのか?』

1983年のことです。アメリカの心理学者ベンジャミン・リベットが「自由意志」についての実験を行いました。

1、腕の筋肉と、脳の活動を測定する機械を被験者につなぐ。

2、被験者は、腕を曲げたいと自分が決めたところで腕を曲げてくださいと指示される。

3、「腕を曲げようと被験者が決めた時間」「脳が腕を曲げるための活動(腕の筋肉に命令を出す)を始めた時間」「実際に腕が曲がった時間」この3つのタイミングがあるとして、普通であれば、こう考えると思います。

腕を曲げようと思う→脳が筋肉に命令を出す→腕が曲がる。

ところが、実際の順序は違うのですね。

脳が筋肉に命令を出す→腕を曲げようと思う→腕が曲がる。

この順序で私たちは行動しているそうです。つまり「自分がこうしようと決めるよりも先に、あなたの脳は活動するための準備をしている。だから、あなたは自分がこうしようと決めている(自分には自由意志がある)つまりだろうけれど、実は脳があなたの知らないところで行動を決めていて、あなたはその脳の決定を、自分が自由意志で決めたと思い込んでいるだけかもしれない」 という結論が出たのです。

だから「自由意志」なんてない。脳が勝手に決めている。そういうことになるのですけど、ベンジャミン先生は追加の実験で、興味深い結果を報告されています。

脳が筋肉に命令を出す→(0、15秒)→腕を曲げようと思う→(0、2秒)→腕が曲がる。

この一連の流れには個人差はありますが、概ねこのくらいの時間が必要です。ですから、よし、腕を曲げるぞと自分で決めた(この実験の結果からしたら、自分で決めたと思い込まされたということになりますけど)瞬間から、実際に腕が曲がるまでには0、2秒の誤差がある。

そしてその0、2秒の間であれば、やっぱり曲げないという選択をすることが可能なのだそうです。

自由意志が存在するとしたら、何かをしようとする瞬間ではなく、むしろそれをストップしようと決める瞬間に存在する。だけどまぁ、それは僅か0、2秒なのですけどね。それでも自由意志はある。そういう結論が出たのです。

だけど、これは精神科医の実感としてよく分かるのです。

例えば、道路を渡ろうと一歩踏み出した瞬間に、身を引いて一歩下がる。その後で「危ない」という意識を感じる。次の瞬間に目の前をトラックが猛スピードで通り過ぎていく。こういう経験をされた方も多いと思うのですけど、これも順序はこうなりますよね。

身を引くという動作が起こる→危ないという意識が生じる→身を引いた原因であるトラックが過ぎていき、危ないと感じた理由を知る。つまり、危険に気づいた時には行動は終わっているのです。

これは視覚情報が、脳に神経伝達される時に、前頭前野よりも先に扁桃体を通るから生じる現象です。扁桃体というのは恐怖を感じ取る部位ですから、扁桃体の判断で身を引くという動作が先に生じるからですね。

野球のバッターが前頭前野で飛んできたボールの球種やスピードを分析してから、適切なタイミングでバットを振ろうとしたら…その前にボールはキャッチャーのミットに収まっているでしょう。つまり、バッティングというのは自由意志で行なうことができないのです。自分が決める前に脳が勝手にバットを振るという動作を生じさせている。ですから、バッティングの上手い下手というのは自由意志ではコントロールできない脳の部位にあるということです。

私は、そのブラックボックスになっている脳の部位も含めて「私」が決めていると考えていいと思っていますけどね。フロイトであれば、そのブラックボックスの領域のことを無意識と呼ぶでしょうから。

自分はこういう人間で、こういう事態が起これば、こう対応するという、心理的なホメオスタシスがある。そのシステムを作ったのは自分です。もちろん遺伝的な要素や、養育の状況、環境などの影響もありますけどね。脳が「この脳が搭載されている個体は、このように世界を感じ、解釈する傾向が強いから、このような刺激に対してはこう振る舞うはずだ」という予測に基づいて行動を決めている。

いや、脳がどういう動作を決めたとしても、今回はそれをストップさせる。そこに自由意志がある。何かを止めると、人ってそこから変化していく。きっと、そういうことだと思うのです。