『アテンション・スパン』

お休みの日に『オッペンハイマー』『デューン 砂の惑星 PART2』『12日の殺人』の3本を1日で見てきたのですけど、自宅に戻るとぐったりと疲れてしまいました。まぁ、それはそうですよね。翌日もなんだか体調がすぐれないという状態でしたから、この3本を1日で見ることはやめた方がいいです。そんな人はいないでしょうけれど…。

身体の感覚として、映画を見すぎたことによる、いわゆる眼精疲労ではなく、聴きすぎたことによる聴覚疲労だと分かったのですけど、最近のハリウッド映画というのはどうも耳が疲れるのですね。

『オッペンハイマー』も『デューン 砂の惑星 PART2』も作家性の強い監督の作品とはいえ、ハイリッドメジャーの映画ですから、莫大な制作費がかかっている訳です。ヒットしてもらわないと困る。もちろんどんな映画でもヒットしてもらわないと困るでしょうけど、投資されている額が一桁違う訳です。下手をすると二桁違うかもしれない。

必然的に、観客を飽きさせないための仕組みが必要とされます。『オッペンハイマー』も『デューン 砂の惑星 PART2』も3時間という長尺を持たせないといけない訳ですから、ありとあらゆる技術を使って、観客があくびをしないように作られているのです。

何かに集中することのできる時間のことをアテンション・スパンと言いますけど、現代人はアテンション・スパンがどんどん短くなっているのですね。2015年のマイクロソフトの調査では、2000年から10数年で平均アテンション・スパンは12秒から8秒に縮まったそうです。ちなみに金魚は9秒だったそうですから、水槽の中で落ち着きなく泳ぎ回る金魚より、現代人は集中できなくなっている訳です。

何か事件が起こる。例えば殺人事件が発生する。警察なり探偵なりが捜査を始める。ここで観客は犯人は誰なのか、あるいは動機は何なのかという謎に宙吊りにされます。サスペンス映画というジャンルがありますけど、サスペンスというのは、もともと「宙吊りにされる」という意味です。90分後(昔の映画は90分程度でまとめてあることが多かったのですね)に謎は解明され、宙吊り状態から解放される。それが映画の醍醐味だったと思うのですけど…今、そういう映画を作ったら、きっとヒットしないでしょうね。90分も集中することができる観客はいないですから。

それで『オッペンハイマー』と『デューン 砂の惑星 PART2』に共通して使われているのが音響なのです。映像の力もありますけど、それに加えて音の力で飽きさせないようにしているのですね。足を踏み鳴らすドンドンドンという音が『オッペンハイマー』では繰り返され、砂が細かく振動するような重低音のノイズが『デューン 砂の惑星 PART2』では多用される。人間というのは反復を好む動物ですから、ポップ・ミュージックの「サビ」のように、その音響が反復されると「快」を感じる仕掛けなのだと思います。

どちらの映画も退屈することなく(もちろん監督の力量もありますけど)何だか凄いものを見たという感慨は残ったのですけど、それにしても疲れた。やれやれ。

聴覚疲労は身体やメンタルの不調の原因になります。騒音などによる長期的な聴覚疲労のケースでは、難聴を引き起こす恐れもあります。ヘッドフォン難聴という言葉を聞いたことがある方も多いと思いますけど、スマートフォンなどで大きな音を聴き続けることで、音響性難聴になってしまうのですね。WHOからも全世界で11億人の若者世代(12~35歳)に難聴になる危険性が指摘されていますから、眼精疲労も深刻ですけど、聴覚疲労についても問題になっている訳です。

最後に見た『12日の殺人』がフランス映画でよかったと、つくづく思いました。オープニングでトラックを競技用自転車で走るシーンがあるのですけど、タイヤが路面を捉える音だけが淡々と聞こえてくる。ああ、これくらいが丁度いいと思いましたからね。

精神科医としては、アテンション・スパンの低下で危惧していることがあります。集中している時というのは、実はリラックスしていることが分かっているのですけど(つまり、8~13Hzの脳波(α波)を出している状態)集中できないということは、脳がリラックスできていないということになるからです。必然的にメンタル疾患になる可能性は高まります。

では、どうしたらいいのか?

スマホの使用時間を短くするとか、いろいろなことが言われていますけど、私は自然音を聞きながらぼーっとすることをお勧めしています。言ってみたら「聴く瞑想」ですね。雨の音、風の音、鳥が鳴く音、そういう自然音を聴くことだけに集中する時間を作ること。試してみてくださいね。それから、間違っても映画を3本なんて見ちゃいけません。