『名前の由来』なんてタイトルで書き始めましたけど、誰がどう考えても分かるように…パティオ十番の前にあるからという、身も蓋もない由来なのですけどね。
代官山では「NYメンタルケアサロン」という名前でカウンセリングや整体を行なってきたのですけど、ちょうど引越しを機会に名前も変えちゃおうという話になったのです。
南方熊楠についての講演をまとめた『熊楠の星の時間』(中沢新一著)を読んでいて、ちょっと興味深いことを知ったのですね。
南方熊楠といったら、博物学者であり、生物学者であり、民俗学者でもあるという方なのですけど、若い時には大英博物館に勤務しながら『ネイチャー』に論文を書いていたそうです。柳田國男から「日本人の可能性の極限」と称されていたそうですから、それはもう凄い人です。
だけど、幼い頃は身体が弱くて、生まれてすぐに大病を患ったそうなのですね。それで両親が神社に詣でると、そこの神官が境内にある楠の大木にちなんで、「楠」の字を授けてくれたそうなのです。「植物界の王者のような樹木に自分は結びつけられ、それに動物界の王者である「熊」の字をつけて「熊楠」とした」熊楠はそう書いていますけど、そうすると不思議なことに病は癒えて、すっかり元気になったそうなのです。
名前というのは、ラカンに言わせると「人間的な社会という場所に人を引き出していく父親的な象徴界の働きをするもの」ということになるのですけど、熊楠は「楠」と「熊」を名前にもらって、人間的な社会ではなく、自然の方に繋がっていったのだと思うのです。
そう考えると…日本の古い言葉「名は体を現す」みたいですけど…熊楠のケースはトーテミズムでしょうね。
人間の世界と、自然が切り離されてしまって忘れられていますけど、トーテミズムは人類最古の社会理論だったのです。今でもオーストラリアのアボリジニや、ネイティブ・アメリカンの社会にトーテミズムは残っているそうですよ。
あ…私の悪い癖なのでしょうけど、サロンの新しい名前の説明をしようと思ったら、話はトーテミズムなんてことになってしまいました。まぁでも、このままサロンの名前の由来の話は続きます。