『失ってから気づくということ④』

彼女が失われることがなかった世界。その世界を漫画を描いている者としてイメージする主人公。

そうではなかった世界。今の流行りの言葉で言うのであれば、別の世界線ものとして、映画の後半は動き始めるのですけど、ここに至るまでにさまざまな目配せがされています。

原作の漫画のラストには『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のDVDが描かれているとか、映画でも『時をかける少女』や『バタフライ・エフェクト』のポスターが背景に描かれているとか、このジャンルの映画に対するオマージュが『ルックバック』には散見されるのですけど、彼女が失われた世界に着地した主人公は、彼女の現実を生きることになります。

その現実というのは、後ろ姿の彼女が漫画を描き続ける形で描写されるのですけど、その姿は本当に強い。

最初はクラスメイトから褒められることが目的で漫画を描いていた女の子は、自分のファンだと言ってくれたライバルの引きこもりの少女に出会い、あまりの嬉しさに雨の中を踊りながら駆け抜けます。

引きこもりの少女の画力には敵わないからと漫画を描くことを諦めた主人公が、どうして漫画をやめてしまったのですかと彼女に問われた時、彼女がついた嘘…漫画の賞に応募するから。その言葉が二人の夢を叶える現実を作っていく。

異世界の少女からのメッセージを受け取ったと、きっと感じただろう主人公は、なぜ漫画を描くのかという問いを、なぜならあなたはそれがありのままのあなただと、かけがえのない友達が漫画を描く者としての自分を存在させてくれたことに気づいたのでしょう。

ハイデガーなら言うでしょう。

「ダス・マンばかりのこの世界で、なんと幸運な出会いだっただろう」と。