「We are good friend forever !」
彼女のハガキの最後には、そう書いてあった。
あのな、ハッサン。ここに書いているように永遠に友達ってことだよ。それがある日彼氏に戻るとか、そういうことはないな。
俺の田舎じゃこう言う。男の恋は犬の小便。女の恋は猫の小便。
なんだよ、それは?
犬っていつまでも自分の小便の匂い嗅いで回るだろ。しつこいってことだよ。男は、終わった恋をいつまでも忘れない。猫って小便すると後ろ足で砂かけて痕跡を消すだろ。女は、終わった恋はなかったことにしたいのよ。ハガキくれただけ親切だと思うけどな。
じゃあ、彼女はもう戻ってこないのか?
だいたいいつの話だよ。
3年と4ヶ月前のことだ。
無理だな。
まぁ、ちょっとハッサンが純粋すぎるのかもしれないけれど(彼女はほぼ初めての女性だったそうだし)ここはまぁ、はっきり言っとかないと、いつまでも来もしない女を待つことになる。
翌朝、バスステーションに客引きに行ったけれど、誰もつかまえられなかったハッサンが戻ってきて、やっぱり何となく元気がないのよね。
あのな、ハッサン。ホテルを掃除しないか?ここはあまりにも汚すぎる。あのブランケットは犬だって嫌がるぜ。
犬の小便だからな、俺は…。
くだらないことを覚えているなと思いながら、そこから1週間かかってホテルの大掃除をした。ブランケットは洗って屋上に干したら、もともと淡いブルーだったことが判明した。出涸らしの紅茶で煮詰めたようなブラウンだったからね。
何だかハッサンも楽しくなってきたようで、ペンキを買ってきて外壁を塗り直したり、ホテルの看板を作り直したりした。どうもこのホテルはハッサンのお父さんから受け継いだものらしい。マレーシア人って苗字がないから、ハッサンの下の名前がお父さんの名前になる。俺だったら、うちの親父はタダノリだから、シンゴ・ビン・タダノリということになるのよ。
冷蔵庫の中も掃除して、いつからそこにあるのか分からないような食材は全部捨てた。家具の位置も変え、カーテンも外して洗った。
まぁ、ハッサンも俺もたいして英語ができるわけではないから、作業中はほぼ無言で、夜のビールを楽しみにしていた。酒が入ると、女の話ばかり(例の彼女のことだけじゃなく、女性全般の話題に少しずつなっていった)していた。
じゃあ明日の朝俺は行くよ。そう言うと、ハッサンは泣きだしてしまった。ここで一緒にホテルをしないかと言われたけど、それは無理な話だ。
10年近くあちこち旅をしていたから、ずいぶんと友達がたくさんできたけど、50歳すぎて思い出そうとすると、ほとんど顔が浮かばない。ハッサンの顔は思い出せないのに、ホテルの屋上で風に揺れているブランケットとか、冷蔵庫にあった巨大なバターだかマーガリンだかの塊だとか、そういうどうでもいいようなことばかり鮮明に思い出すことができる。
とはいえ、あのホテル今でもあるかな?
ハッサンはやつに相応しい、いい女と出会えただろうか?