『オックスフォード大学、ケンブリッジ大学の入試問題 あなたは自分を利口だと思いますか?』という本があります。
久しぶりに面白い本を読んだ、頭がグルグルするという感想を持った本なのですけどね。タイトルになっている「あなたは自分を利口だと思いますか?」以外にも、悪名高き難問奇問がたくさん紹介されています。
質問の主旨は、大学が本当に賢い学生を見つけることにあるのですけど、両大学の問題が特別なのは、すばらしく思考力を刺激するという点ですね。
オックスフォードやケンブリッジを受験するほど優秀な学生であれば、普段はあまり考えずに生きていっているでしょうね。なにしろ知識と経験のストックがあるでしょうから。
考えても正解はないことを考えることで、思考回路を開くことが重要。さぁ、あなたの頭の中を見せてごらん。面接官はそう問うてきているわけです。
あなたはどう答えますか?
謙虚に「いいえ」と答えたら、おそらく入学は断られるでしょうね。
「はい」と答えたら、自分は正真正銘のバカであると言っているようなものです。
賢明な人間ならば、自分を利口だと思わないだろうし、本当に利口な人間ならば、自分は利口だなどと人前では言わないでしょうから。
ワーズワースの姪でもあるエリザベスが、1890年に書いた詩があります。
もし善良な人が みな利口なら
もし利口な人が みな善良なら
世界はもっといいものになる
そうなるかもしれないと思っていた
ところがどうしてこの両者
手に手を取って歩みはしない
善良は利口に厳しすぎる
利口は善良に失礼すぎる
夏目漱石も『草枕』で言っていますよね。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
この問いをちょっともじって、実際に面接試験で使っている会社があるそうです。人工知能の開発を行っている会社なのですけどね。
「あなたは自分をどのくらい賢いと思いますか?」
会社の人事の方のコメントです。
多いのは「中くらいだと思います」という回答です。
日本人らしい謙虚さ、礼儀正しさがあって申し分ないのですが、残念ながら私たちが採用したい方ではないと考えています。我々はこういった「普通のできた大人」を求めてはいません。
では、私達が「ぜひうちで働いて欲しい」と思う方の回答はどのような回答か。
それは二つあります。
一つ目は、真面目な顔で「最高です。上の上です。」という方です。
これを言いきれる方はほとんどいないと思いますが、言うのであれば根拠があるのだと思います。そして、その根拠がアトラクティブであれば、我々は最高の待遇でお迎えすべき人だ、と考えます。
もう一つは、「なぜそのような質問をするのですか、そのような質問をするのであれば、まずは「賢さ」の定義を議論させていただけないでしょうか」と、質問そのものに疑義を投げかけ、議論を挑んでくるような方です。
我々に議論を挑んでくる方は、ある意味で先ほどの「上の上」という回答よりも私共がぜひともお迎えしたい人材です。
なぜならばその方は「示された枠組みの外」で考えることのできる人物だからです。